「丸い心で繋がり、心澄み切る成程の人へ」
滋賀のお悩み相談所|天理教蒲生大教会では、
「丸い心で繋がり、心澄み切る成程の人へ」
を目標に掲げています。
この言葉には、「人とのつながりを大切にし、優しさや感謝を忘れず、日々心をキレイに磨き続け、相手に成程と思われる人になろう」という願いが込められています。
そのために、蒲生大教会では三つのことを大切にしています。
一つ目は、毎朝夕の御礼です。
「本日も結構な身上をお貸しいただきありがとうございます。」
「親子、夫婦、身近な方をお与えいただきありがとうございます。」
「衣食住の環境をお貸し与えくださいまして誠にありがとうございます。」
と神様へ参拝し、一日を感謝の心で過ごすことで、自分の心を整えます。
二つ目は、丸い心十二カ条です。
日々の暮らしの中で実践できる十二の心がけを通して、自分自身の心を育てていきます。
そして三つ目は、人のたすかりを願うことです。
人を思いやり、人のたすかりを心から願って行動する。そうすると、自分自身の心も澄み渡ってたすかっていくと信じています。
蒲生大教会が大切にする「丸い心」の原点
ぶどうは、一粒だけでは一房にはなりません。
一粒一粒が丸く、互いにつながり合うことで、美しい一房になります。
天理教の教祖、中山みき様は、ある日、一人の少年にぶどうを手渡しながら、こうお教えくださいました。
「よう帰って来なはったなあ。これを上げましょう。
世界は、この葡萄のようになあ、
皆、丸い心で、つながり合うて行くのやで。この道は、先永う楽しんで通る道や程に。」
(『教祖伝逸話篇』一三五「皆丸い心で」)
このお言葉は、天理教が目指す「陽気ぐらし」の世界を、ぶどうの一房に例えてお示しくださった、大変印象深い逸話です。
私たちは、一人では生きていけません。
家族や友人、地域の方々、多くのご縁の中で支えられ、今日という日を迎えています。
だからこそ、自分のことだけを考えるのではなく、お互いを思いやり、支え合い、丸い心でつながっていくことが大切なのです。
蒲生大教会の原点
この「丸い心」は、蒲生大教会にとっても大切な原点です。
安井藤市初代会長は、母親の病気をおたすけいただいたことをきっかけに、この道へと導かれました。
そして三十歳の頃、初めて天理教の教えに触れ、信仰する人々の姿を目の当たりにします。
その時、最も心を打たれたのは、難しい教えではありませんでした。
後に初代会長は、こう述懐しています。
「先づ第一に感心したことは大勢の人々の履物がキチンときれいにぬぎ揃えてあることや。」
さらに、
「初めての私に対しても誠に礼儀正しくどの人も言葉やさしく相手をしてくださったことや。」
初代会長が感動したのは、人を思いやる姿勢でした。
履物をそろえる心。
初めて訪れた人にも、優しく声をかける心。
相手を大切にする、その何気ない行いの中に、教祖がお示しくださった「丸い心」が息づいていたのです。
私たちが受け継ぎたいもの
蒲生大教会では、この信仰の始まりを今も大切にしています。
私たちのモットーは、
「相手に寄り添うこと」。
初めて来られる方も、長年信仰されている方も、悩みを抱えて来られた方も。
どなたに対しても、
「ようこそ。」
「お辛い中でしたね。」
そんな温かい言葉でお迎えし、お話に耳を傾け、家族のように寄り添う教会でありたいと願っています。
教えは、言葉だけでは伝わりません。
人のぬくもりや、思いやりのある振る舞いを通してこそ、相手の心に届くものだと私たちは信じています。
「丸い心十二カ条」の実動
このように蒲生大教会では、
「丸い心で繋がり、心澄み切る成程の人へ」
を教会の目標に掲げています。
人とのつながりを大切にし、感謝を忘れず、相手を思いやる。
そんな日々の積み重ねが、自分自身の心を澄ませ、周りの人にも温かさを届けていくのだと思います。
心が澄めば楽しみばかり
そして、教祖のお言葉に
心さいすきやかすんた事ならば
どんなことてもたのしみばかり(十四 50)
とあります。心が澄めば、どんな事でも楽しみばかりになる。
さらに、「自分の心が澄んだら、誰の顔見ても、よい顔に見えるようになるで」、「人が悪う見えるのは、自分の心が悪いからやで」ということを説いていたそうです。
今後、ブログでは、「丸い心十二カ条」を一つひとつご紹介しながら、日常生活の中で実践できる「丸い心」を皆さんと一緒に考えていきます。
ぶどうの一粒一粒がつながって一房になるように。
私たちも、丸い心でつながり合いながら、教祖がお望みくださる心澄み切る陽気ぐらしの世界を目指して歩んでまいります。
一人でも多くの方が、心丸く、心穏やかに、「心澄み切る成程の人」へと歩むきっかけになれば幸いです。